ここでは、当院で主に扱う手術の合併症について説明します。
最初にお伝えするのは、メッシュ手術は、優れた手術でありますが、メッシュ使用に伴う、従来の手術にはなかった特有の合併法が存在します。これから、メッシュ手術を受ける方は、これらの事実をよく理解し、十分に考えた後に、手術を受けるかどうか考える事が重要です。
特に、ヘビースモーカー、ステロイドを内服の方、糖尿病の方は、メッシュ手術は避けた方が良いと考えられます。
以下に腟式メッシュ手術の合併症について説明します。これらの内容は、通常にこの手術を受ける際に、患者に説明する内容です。
頻度を★で表しました。(予測です)
★ 滅多に起こらない 1%以下
★★ 殆ど起こらない 3%以下
★★★ 少数 10%以下
★★★★ ある程度の頻度 30%以下
★★★★★ 多くの症例で起きる 30%より多い
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輸血の可能性 ★★ 腟式メッシュ手術は、お腹を切る手術ではなく、腟の周囲のみを切る手術です。しかし、腟の周囲というのは、血の巡りの良いところなので、予想以上に出血をする事があります。生命に関わる出血の場合は、輸血をする事があります。また、止血の為に、開腹手術に以降したり、血管内治療によって止血を試みる可能性があります。
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他の臓器の損傷 ★★ 腟式メッシュ手術は、メッシュを腟と膀胱の間(と腟と直腸の間:後壁メッシュ手術の場合)に留置します。その際に、周囲にある臓器(膀胱、尿管、直腸)を損傷する可能性があります。その場合、損傷箇所を修復しなければならないので、手術時間が大幅に延長します。また、中には、手術中に臓器の損傷に気づかなくて、術後の開腹が思わしく無くて、後からわかる場合もあります。その場合、その合併症に対して再手術をする可能性があります。
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術直後の疼痛 ★★★★★ 前壁メッシュ手術後の疼痛は、そんなに強くありません。後壁メッシュ手術を行った患者は、かなりの痛みを感じます。特に、椅子に座るような動作をするときに、強い痛みを感じる方が多いです。痛みに関しては、我慢する必要はないので、痛み止め等を適宜、使用する事が重要です。
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術後の疼痛の持続 ★★ 術後、時間が経っても、ごく一部の患者の患者に痛みが残る事があります。その場合、鎮痛剤等の持続的な使用が必要になることがあります。あるいは、疼痛が強い場合は、疼痛と関連するメッシュの一部を除去する必要があります。
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術後のメッシュビランの可能性 ★★★ これは、メッシュ手術特有の合併症です。骨盤臓器脱は、非常に再発し易い病気であります。したがって、メッシュを用います。このメッシュは、体内に完全に埋め込まれるので、体外からは一切見えません。このメッシュは、非常にやらかい素材であり、溶けません。したがって、一度留置すれば、一生効果が続くとになります。しかし、人間の身体というのは、こういった人工物を体外に、排除しようとする力が働きます。そして、折角、埋め込んだメッシュが、腟の粘膜を通して、表面に顔を出してしまう事があります。我々は、これをメッシュ露出と言います。メッシュ露出は、通常、本人に症状は殆どありません。外来で、私どもがチェックをして、メッシュ露出が見つかった場合は、小さい場合、その場で切り取ります。また、大きなメッシュ露出の場合は、再度、手術をして取り除く事が必要な事があります。
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メッシュ感染・膿瘍 ★ メッシュ自体は、非常に感染につよい素材ですので、メッシュ感染・膿瘍の発生頻度は高くありません。しかし、メッシュは、人工物なので、感染がおこらないとは言えません。一度、感染が起こると薬で制御する事は難しいので、メッシュを一部あるいは可能な限りすべて除去する必要があります。
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メッシュの膀胱・直腸内への露出 ★ これは、体内に挿入したメッシュが膀胱・直腸内へ露出する事です。頻度は、高くありません。メッシュの多臓器への露出の出現時期は、決まっていません。術後すぐのこともあれば、術後数年を経て生じる事もあります。したがって、メッシュ手術後は、長期的な医師による定期検査が必要になります。症状が強い場合は、再手術してメッシュを除去することが必要です。
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術後の尿閉・残尿増加 ★★ 尿閉までに至る症例は殆どありません。メッシュにて膀胱をつり上げるため、一時的に、尿道が圧迫を受けておしっこが出にくくなる事があります。その場合は、膀胱の運動を刺激するような薬を内服する必要があります。
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術後の尿漏れの悪化 ★★★★ メッシュ手術後に、尿漏れが改善するか、悪化するかは患者によって様々です。術前に排尿困難があるような方は、メッシュ手術後に、尿漏れが改善することが多いと考えられます。一方、骨盤臓器脱になる以前より、尿漏れがある方は、術後に尿漏れが悪化する可能性が高いと考えられます。
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術後の再発の可能性 ★★★ メッシュ手術をおこなった箇所の再発は少ない。ただし、メッシュを留置していない場所が、将来的に再発する可能性はあります。例えば、膀胱瘤に対して前壁メッシュのみを留置した後、メッシュを留置していない腟後壁が将来的に落ちてくるといった例。 メッシュ自体は、伸びないので、メッシュの入っている部分は基本的には、脱は再発しません。しかし、メッシュを入れていない場所は、モグラたたきのように将来的に下がってくる可能性があります。そうならば、はじめから、前壁メッシュと後壁メッシュを同時に留置してほしいと考える患者さんも多いと思います。しかし、この項で示しているように、人工物であるメッシュを留置することによる合併症があることも事実です。したがって、留置するメッシュの量は、可能な限り減らす方が得策です。現時点では、メッシュが必ず必要な場所には、メッシュを留置しますが、現時点で必ずしも必要でない場合は、基本的にはメッシュは置きません。 もし仮に、将来的に、再発した場合は、あらためてメッシュを留置します。
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術後の性交障害の可能性 ★★★ メッシュ手術をしても基本的に性生活は可能です。しかし、この項で示したようなメッシュの腟内への露出等が発生した場合は、性交障害を示す可能性があります。その際、メッシュ露出の部分を切除すれば改善されます。
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その他の合併症の可能性 骨盤臓器脱の手術を受ける方は、比較的、年齢の高い方が多いです。したがって、手術そのものの合併症というより、手術に伴うストレスで、心筋梗塞、脳出血、脳梗塞といったような偶発的な合併症が起こる事があります。また、入院にともなう足腰の低下、痴呆等の症状が新たに出てくる事があります。
腹式メッシュ手術である腹腔鏡下仙骨腟固定術も、基本的に、腟式メッシュ手術と同様にメッシュを用いる手術であることにかわりはありません。したがって、内在する合併法は、腟式メッシュ手術と殆ど変わりません。ただし、アプローチ方法の違いによるその発生率の違い生じます。
メッシュ手術は非常に優れた手術でありますが、それ特有の合併症があります。手術を受ける際は、そのリスクを十分理解した上で受ける必要があります。その詳細を説明する前に、メッシュ手術に関する海外の状況を説明します。
実は、腟式メッシュ手術は、2004年に世界に紹介され、その有効性から、瞬く間に広がりをみせました。多くの医療メーカーは、この領域は儲かると感じ、腟式メッシュ手術キットを大量につくり、技術の不十分な医師に手術を勧め、さらに広がるという環境でした。そして、現在、腟式メッシュ手術後に多くの合併症が認められ問題となっているという現実があります。2008年にアメリカのFDAから、腟式メッシュの安全性への注意喚起が行われ、その環境か改善されなかったことから、2011年に再度の注意がなされました。